【朝日新聞会見】2つの自由こそがプロメテウスの罠だった。

2014.09.12社長日記
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謝罪は、それを受け止める人間の度量と見合わないとき、卑陋な傍観者が姿を現す。
今はソーシャルネットワークによってその姿が散見されるようになり、いかにも人を見下した、知性の無い、的はずれな批判を見るたびに私は惨めな気持ちになり、人間の恐ろしさを感じていた。

一部の有識者や実際の被害者ではない殆どの場合、結局彼らは暇人で、さも被害者でありもしくは被害者の代理人であるかのような立場を取り当事者達を玩具にする。
批判の自由は扱う者によって低俗なイデオロギーへと変容する。

 

たしかに今回の件は長期に渡り世界からの誤解や日本国民の尊厳を傷つけるものではあったし実際に国益を損ねていた。
社会的影響の大きい本件のような謝罪には直接的な朝日新聞読者以外にも“謝罪範囲”を拡げなければならないが、本来は筋が違う。
謝罪すべきは当時の記者や編集部、経営陣であり、今の経営陣や編集責任者が謝罪し、批判の集中砲火を浴びるのは道理ではない。

 

行き過ぎると、過ちに気づいた時も、極度の批判と責任追及を恐れるあまりに問題を先送りにするようになってしまう。
メディアは権力の監視装置でもあり真実の探求者でもある。誤報はミスとして訂正したことを受け、これからのリカバリーに目を向けなければ、今後どのメディアも批判を恐れて報道できなくなってしまう。
報道の自由もまた、偏向した知る権利の前で危険性をはらんでいる。

 

そういう意味でも、木村社長は歴代社長が放置し続けたことに初めて向き合った勇気ある方だと思う。当然ながら近年続いていた日韓関係の悪化からの世論の批判、池上氏のコラム掲載の件や広告掲載拒否の件も後押しとなったのだが。

 

とにかく、誤報に関して今まで歴代の社長は向き合ってこなかった。
これで日本政府は外交上動きやすくなるし、日本国民は傷ついた尊厳が少し回復すると思う。今、木村社長が当事者に代わって謝罪し責任を果たそうとしている。第3者委員会を立ち上げて慰安婦報道を検証すると。

 

 

卑陋な傍観者達には、もう謝罪内容や方法に関しては追求しないでほしいと切に願っている。勇気を持って誤報を訂正し、過去問題を先送りにした経営陣・記者に代わって責任を取ろうとしている木村社長を、少しは評価してもいいのではないだろうか。
図らずとも木村社長は日韓にまたがる溝を埋める捨て石となったのだから。

 

プロメテウスは争いを意図して火を与えたわけではない。
http://digital.asahi.com/articles/list/prometheus.html

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この記事の投稿者

川路 博幸

川路 博幸 代表取締役 googele+ facebook twitter

人生万事塞翁が馬。長いフリーター期間を経て2006年、(株)川路蒼藝舎を創業。客に媚びない強気姿勢に定評があります。ここ数年、サボっていたので今期は腰を据えて会社経営に取り組みます。最近ヘルニアがヤバイです。腰。

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